慌てないように

聖書: マタイによる福音書 24章 3節~6節

2021年11月21日(日): 降誕前第5主日礼拝、謝恩日礼拝説教

 イエスは、エルサレム神殿の崩壊を伝えました(24:1-2参照)。戸惑う弟子たちに、苦難の時にこそ「慌てないように気をつけなさい(24:4)」と教えました。なぜなら、「わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがメシアだ』と言って、多くの人を惑わす(24:5)」からです。「多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる(24:10)」からです。
 偽預言者は、目に見えるものに頼らせようとします。しかし、「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです(Ⅱコリント4:18)」。どんなに立派な神殿も、いずれは崩れ去るものです。形あるものが崩れる時にこそ、目に見えない真実に頼りたいと願います。
 戦争や飢饉によって、「民は民に、国は国に敵対して立ち上がり(24:7)」、互いに愛し合う力が弱まっていきます。不安に乗じて、「偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷え(24:11-12)」ていきます。不法というのは、真実でないものを真実とすること、神でないものを神とすることです。
 「人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである(ヨハネ15:5)」。神の愛から離れて、わたしたちは、何をそんなに慌てているのでしょうか。どんな『終わり』があろうと、わたしたちが信じて歩んできた『初め』に、何ら変わることはありません。