永遠にかたし

聖書: マタイによる福音書 22章 41節~46節

2021年11月7日(日): 降誕前第7主日礼拝、聖徒の日・永眠者記念礼拝説教

 「ファリサイ派の人々が集まっていたとき、イエスはお尋ねになった。『あなたたちはメシアのことをどう思うか。だれの子だろうか。』(22:41-42)」。人々は、ダビデのようなメシア(救い主)を期待していました。「彼らが、『ダビデの子です』と言うと、イエスは言われた。『では、どうしてダビデは、霊を受けて、メシアを主と呼んでいるのだろうか』(22:42-43)」。
 「主は、わたしの主にお告げになった。『わたしの右の座に着きなさい、わたしがあなたの敵を、あなたの足もとに屈服させるときまで』と(22:44)」。ここには、ダビデ自身が『主』と呼んで崇める方が示されています。「このようにダビデがメシアを主と呼んでいるのであれば、どうしてメシアがダビデの子なのか(22:45)」。それは、ダビデを越える真の救い主です。
 真の救い主は、十字架の赦しを通して、死への恐怖を打ち破ってくださいました。真の救い主は、復活の恵みを通して、天にある新しい命を約束してくださいました。「主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ。主はお前たちを我々の手に渡される(Ⅰサムエル17:47)」。
 今年一年も、愛する3名の方々を、天へとお送りしました。悲しみは尽きませんが、『わが主のみ誓い/永遠にかたし/主こそは我が盾/つきぬ恵み(讃美歌451番)』です。天にある約束のどれほど確かなことでしょうか。「命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。主の家にわたしは帰り、生涯、そこにとどまるであろう(詩編23:6)」。