十字架の約束

聖書: マタイによる福音書 20章 10節~16節

2021年9月5日(日): 聖霊降臨節第16主日礼拝説教

 主イエスの十字架の告白(20:17-19参照)を真ん中にして、前には『労働者の不平』と、後には『弟子たちの不満』が描き出されています。十字架のときが迫っても、「神のことを思わず、人間のことを思っている(16:23)」。罪の本性を見るようで、本当に恥ずかしくなります。
 そこで、「主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った(20:2)」。ぶどうの収穫時期は、人手が足りなくなります。主人は、広場に何度も足を運んで働き手を求めました(20:2-7参照)。夕方になって、誰もが『一デナリオン』を受け取りました。これには、最初に来た者たちが不平を言い出しました。「最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは(20:12)」。彼らの言い分も分かります。
 ただこれは、あくまで『天の国の譬え話』です。天の国では、「後にいる者が先になり、先にいる者が後になる(20:16)」。逆転が起こるのは、「わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ(20:14)」と、神が切に願われたからに他なりません。この世で一番弱っている人があれば、この世で一番苦しんでいる人があれば、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう(11:28)」と、真っ先に行って伝えてやりたいのだ。
 これが、わたしたちの信じる神の御心です。だからこそ、わたしたちも今日を生かされています。これが、わたしたちの頼る十字架の約束です。だからこそ、わたしたちも共に赦されました。ならば、『主よ、終わりまで/しもべとして/あなたに仕え/したがいます(讃美歌510番)』。