神の領域

聖書: エフェソの信徒への手紙 2章 8節~9節

2021年8月8日(日): 聖霊降臨節第12主日礼拝立証

 イエスが十字架につけられた時の事としてマタイ27章では「そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた」とあります。イエスが贖い主として十字架にかけられた時起きた事、これは何を表すのでしょうか。
 旧約聖書の時代つまり、イエスが十字架につけられる前には確かに神の領域つまり神殿がありました。ところが、神殿の幕がふたつに裂けたことにより、それは無くなったと考えることができると思います。つまり、私達は神様に守られ、どこに行く必要もなく絶えず神と出会っているわけであります。祈る時、仕事をするとき、物を考えるとき、神はそこにいるわけであります。
 量子力学とか素粒子理論と言う言葉を耳にしますが。これらの理論は味方によれば神の領域という言葉に値するかもしれません。なぜなら、それらは不思議で非常に難解で信じ難い理論であるからです。
この理論を使うと、人間の思考や判断も解析できるのかというと難しいことなのかもしれませんが、可能になってくるのだと思います。
 つまり、私たちの住むこの世界は不思議なことばかりではありますが、それはより徐々に解明されてきている訳であります。
さて、私達はこれらのことを踏まえどう生きてゆけば良いのかというと、私は、わからないこと、神の考えることを一生をかけて考えてゆくのがクリスチャンの役目だと思います。
 決して、これだけを信じればとか云々とか、必要以外のことは考えなくて良いという事はないと思います。
 私達も信仰をもっていると自分では思っていても、それを深く自分の物にしていない事はないでしょうか。自分も含めてその信仰についてもう一度自らを見つめ直す必要があると思います。(証し:椙田訓好兄)