平和・赦し

聖書: マタイによる福音書 18章 21節~28節

2021年8月1日(日): 聖霊降臨節第11主日礼拝、平和聖日礼拝説教

 わたしたちは、美しい青い星に共に暮らしています。しかし、東南アジアのボルネオ島では、パーム油の大量生産で国土の50%の森林が焼失しました。南大西洋のイナクセシブル島では、1兆8千億を超える漂流ゴミ(主にペットボトル)が海岸を埋め尽くしています。この青い星が痛んでいます。それは、お造りになった方の痛みそのものではないでしょうか。
 「兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか(18:21)」。「ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞めて(18:28)」、牢に入れてしまいました。7回どころか、1回も赦すことができませんでした。ここに人の現実を見るようで、悲しい気持ちになります。
 この家来も、主君に対して膨大な負債を抱えていました。ただ主君は憐れに思い、彼を赦してくださいました。だから、「わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか(18:33)」。こうして、「敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば(ローマ5:10)」、互いに赦し合って歩みたい。
 わたしたちは、美しい丸い星に共に暮らしています。しかし、ミャンマーでは、軍の弾圧によって900人以上の命が奪われました。ボリビアでは、10歳未満の子どもたちがカカオ農場での労働を強いられています。この丸い星が歪んでいます。それは、赦された方の嘆きそのものではなかったでしょうか。だから、「七回どころか七の七十倍までも赦しなさい(18:22)」。
 神は、御子の十字架の贖いを通して、赦しの道を拓いてくださいました。限りなく弱いわたしたちですが、赦しの力に信じて歩みたい。『限りなく深い/わが主の愛/その主に私は/どう応えよう(讃美歌513番)』。