基となり

聖書: マタイによる福音書 16節 13節~20節

2021年6月27日(日): 聖霊降臨節第6主日礼拝説教

 「人々は、人の子のことを何者だと言っているか(16:13)」。ただイエスさまが本当に聞きたかったのは、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか(16:15)」ということです。争いの世に平和を訴えることも、偏見の世に愛を信じることも、すべては自分に問われていることです。
 ペトロは答えます。「あなたはメシア、生ける神の子です(16:16)」。『キリストにはかえられません』という告白に他なりません。そんなペトロに、イエスさまは、「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる(16:18)」と言われ、大切な「天の国の鍵(16:19)」を託されました。
 ただペトロは、イエスさまのことを三度も知らないと言ってしまいます。こんなに貧弱な岩に、大切な教会を建ててよいのでしょうか。またペトロは、イエスさまから異邦人の女性や子どもたちを追い払おうとしました。こんなに傲慢な彼に、大切な鍵を託してよいのでしょうか。
 このときのペトロは、まだ弱く、まだ若く、その告白の重みを十分に理解していなかったのかもしれません。しかし、「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ(16:17)」。神さまが、その告白を強めてくださいます。神さまが、その告白を堅くしてくださいます。
 その告白に立って、ペトロは人々に証しします。「この約束は、あなたがたにも、あなたがたの子どもにも、遠くにいるすべての人にも、つまり、わたしたちの神である主が招いてくださる者ならだれにでも、与えられているものなのです(使徒2:39)」。ここに、福音の基があります。