限りのない

聖書: マタイによる福音書 5章 13節~16節

2021年2月7日(日): 降誕節第7主日礼拝、クラーク記念礼拝説教

 「あなたがたは地の塩である(5:13)」。塩は、水の中に、ゆっくりと溶け込んでいきます。クラーク先生も、33年という歩みの中で、宮崎の地に、ゆっくりと溶け込んでいきました。「だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう(5:13)」。別の言い方をすれば、「たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい(Ⅰコリント13:1)」ということではないでしょうか。
 クラーク先生は、女学生ホーム、共愛幼稚園、支援学校の設立に尽力されました。女性、幼児、障碍者というのは、社会の中で特に小さな存在でした。しかし、「あなたがたは世の光である/また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである(5:14-15)」。社会の片隅に、スポットを当てていく。ここに、クラーク先生の愛の眼差しを感じてなりません。
 「そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである(5:16)」。ハリエットさんも、若い女学生たちに、『小鳥や花など、小さな命にこそ、いっぱいの愛を注ぐように』と教えました。そんな小さな行いに、キリストの愛の実践があるのだと思います。こうして、キリストの愛は、わたしたちの中に、ゆっくりと溶け込んでいくのです。
 『かぎりのない/ひろい心が/きょうもわたしを/守ってくださる/やすらかにあるきなさいと/守ってくださる(讃美歌470番)』。愛の心が、わたしたちの今日を、じっくりと恵みに変えてくださるのです。