道を整える

聖書: マタイによる福音書 3章 1節~6節

2020年12月27日(日): 降誕節第1主日礼拝説教

 洗礼者ヨハネは、祭司の家柄に生まれました。しかしヨハネは、祭服を脱ぎ捨て、ファリサイ派やサドカイ派の人々に迫りました。「『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる(3:9)」。今こそ、自らの思い上がりを脱ぎ捨て、一人の罪人として神の前に立ちなさい。神の国が近づいているからです。
 バビロンの捕囚から解放されるとき、預言者イザヤは、主の道を整えるように訴えました。「主のために、荒れ野に道を備え/荒れ地に広い道を通せ(イザヤ40:3)」。その道で、「あなたの神、主を思い起こしなさい。富を築く力をあなたに与えられたのは主であり、主が先祖に誓われた契約を果たして、今日のようにしてくださったのである(申命8:18)」。今こそ、この道を思い起こしなさい。ここに、信仰の原点があるからです。
 罪の捕囚から解放されるとき、洗礼者ヨハネも、主の道を整えるように訴えました。「後から来る方は、わたしよりも優れておられる/その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる(3:11)」。火と聖霊は、十字架と復活と言い換えてもよいと思います。十字架の愛より、優れたものが他にあったでしょうか。復活の恵みより、頼れるものが他にあったでしょうか。今こそ、この道に立ち帰りなさい。ここに、信仰の初心があるからです。
 2020年は、本当に大変な一年でした。未知のウィルスに対する不安と恐怖から、差別と偏見が強まっています。今こそ、主の道に呼び戻してください。わたしたちの信仰の初心に、何ら変わりはないからです。信仰の初心に立ち帰って、新しい年に備えましょう。