信仰の手紙

聖書: コロサイの信徒への手紙 2章 1節~5節

2020年11月8日(日): 降誕前第7主日礼拝説教

 「体では離れていても、霊ではあなたがたと共にいて、あなたがたの正しい秩序と、キリストに対する固い信仰とを見て喜んでいます(2:5)」。信仰に生きるために、これまでもたくさんの闘いを強いられてきました。「すべての人のために、どれほど労苦して闘っているか、分かってほしい。それは/神の秘められた計画であるキリストを悟るようになるためです(2:1-2)」。
 都の人々はプライドが高く、律法学者たちは相手を見下すだけで、十字架の愛を受け入れませんでした。アテネの人々は見えるものだけを信じ、テサロニケの人々は利益ばかりを求めて、復活の恵みを受け入れませんでした。わたしたちはいつまで、自らの誇りと優劣、自らの都合と利益に捉われているのでしょうか。ここに、信仰の闘いがあります。
 「これらは/知恵のあることのように見えますが、実は何の価値もなく、肉の欲望を満足させるだけなのです(2:23)」。ならば、あなたがたも「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい(2:8)」。キリストの愛には変えられません。目に見えるものだけがすべてではありません。
 むしろ、「あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから/キリストに根を下ろして/あふれるばかりに感謝しなさい(2:6-7)」。どんなに大きな木でも、根っこがなければ腐って倒れるだけです。逆に、どんなに揺すられようと、根っこがあれば決して倒れることはありません。愛する兄弟姉妹へ、この信仰の手紙は、今もわたしたちに託されているのです。