そして今

聖書: 使徒言行録 20章 17節~22節

2020年7月26日(日): 聖霊降臨節第9主日礼拝説教

 パウロは、エフェソからトロアスへ、ミレトスからティルスへ、それからカイサリアへと向かいました。何とも急ぎ足の旅です。「パウロは、アジア州で時を費やさないように/できれば五旬祭にはエルサレムに着いていたかったので、旅を急いだのである(使徒20:16)」と書いてある通り、ここまで来ればエルサレムまであともう少しでした。

 パウロはなぜ、この旅を急いでいたのでしょうか。その計画について、コリントの手紙に次のように書いています。「聖なる者たち(=エルサレム教会)のための募金については/各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい(Ⅰコリント16:1-2)」。都の教会は、長引く迫害と飢饉のために、苦しさと貧しさの中にありました。彼らを助けるための募金を一刻も早く届けたかったので、この旅をあんなにも急いでいたのだと思います。支援は、スピードが大切です。

 「そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません(使徒20:22)」。そう言われると、妙に胸騒ぎがしてなりません。実際、都には、パウロの命を狙って多くの反対者が待ち構えていました。そのことを憂いて、誰もがこの旅に反対します。ある者は涙して止まず、ある者は引き留めて止みませんでした。預言者アガボは、自分の手足を帯で縛りながら、この旅の危険を知らせました(使徒21:11参照)。

 ただパウロは、頑として譲りませんでした。むしろ、「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです(使徒21:13)」。『覚悟している(ギリシャ語:ヘトイモウス)』には、『用意ができている、準備ができている』という意味があります。パウロにしてみれば、そんなことは百も承知の上で、それでも旅を続けなければなかったのです。

 パウロの熱意は、どこから来るのでしょうか。「投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でもはっきり告げてくださっています。しかし、自分の決められた道を走りとおし、また、主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証しするという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません(使徒20:23-24)」。

 パウロは、様々な試練に遭いながらも、また涙を流しながらも、神の恵みの福音を人々に語ってきました。それは、神が救われるのに何の隔てもない、ということ、神が愛されるのに何の差別もない、ということです。しかし都の人々は、そのことを自分たちの特権のように考えていました。だからこそ、すべての人々への福音を宣べ伝えるパウロに対して、憎しみの感情を抑えることができなかったのです。人々の差別と偏見の思いの何と根深いことでしょうか。パウロが、その命をかけて挑み続けたのは、わたしたちのうちにある根深い感情そのものだったのかもしれません。差別や偏見の思いと、世界は今も戦い続けています。

 キリストの愛を宣べ伝える者として、パウロもまた、そんな差別と偏見の思いに屈するわけにいかなかったのです。『大波のように/神の愛が/わたしの胸に/よせてくるよ/漕ぎ出せ/漕ぎ出せ/世の海原へ/先立つ主イェスに/身を委ねて(讃美歌第二編171番)』。その愛に押し出されて、「そして今、わたしは、“霊”に促されてエルサレムに行きます(使徒20:22)」。パウロには、そこで語るべきことがあったのです。

 またこのとき、パウロが携えていた献金というのは、全く見ず知らずの人々を助けるために、全く遠くにある都の教会を助けるために献げられたものでした。彼らの苦しみを自分のことのように感じる想像力と、彼らの貧しさを自分のことのように覚える祈りの賜物を感じずにおれません。パウロが一刻も早く届けたかったのは、そんな兄弟姉妹たちの祈りそのものだったのではないでしょうか。

 ここに人を強むる恵みの力があるならば、わたしたちもまた、隣人のために豊かな想像力を持ちたいと思います。またここに人を生かす愛の力があるならば、わたしたちもまた、互いに祈りの賜物を持ちたいと思います。この交わりをもって、主の真に応える者でありたいと切に願います。

 全能の父なる神よ、我らの行動を、今こそ愛に変えてください。この祈りを、主イエス・キリストの御名によって、御前にお献げします、アーメン。