ともし火が

聖書: 使徒言行録 20章 7節~12節

2020年7月12日(日): 聖霊降臨節第7主日礼拝説教

 「週の初めの日/パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた(20:7-8)」。『週の初めの日』というのは、今の日曜日のことです。この頃から、主の復活日に合わせて礼拝が守られていたようです。またその礼拝は、ともし火をつけて夜中まで続きました。今日が最後という思いから、語る方も聞く方もいつも以上に熱が入っていたのかもしれません。世にある限り、それを語り伝えん。
 するとそこで、「エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた(20:9)」。思わぬ事故に、動揺が広がりました。「騒ぐな。まだ生きている(20:10)」。パウロの言葉に、青年は起き上がり礼拝へと帰っていきました。「人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた(20:12)」。真っ暗な夜に、わたしたちもまた、復活のともし火を信じてなりません。
 「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ(ルカ24:5-6)」。『週の初めの日』というのは、イエス・キリストが死より復活された日です。七日の旅路を終えて、こうして主の復活の場へと再び招かれています。真っ暗な日々に、わたしたちもまた、福音のともし火を信じてなりません。ならば、「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです(Ⅰペトロ5:7)」。