神の道を

聖書: 使徒言行録 18章 24節~28節

2020年6月21日(日): 聖霊降臨節第4主日礼拝説教

 「アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しいアポロという雄弁家が(18:24)」、エフェソの会堂で教え始めました。「彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていた(18:25)」。ただアポロの説教には、ヨハネのバプテスマしか感じられませんでした。
 「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ(ルカ3:7-8)」。救われるために、相応しくあるべきと説きました。ただこの説教には、決定的に欠けるものがあります。救われるために、神がわたしたちに何を成し遂げてくださったのでしょうか。
 「神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります(Ⅰヨハネ4:10)」。愛がなければ無に等しい。アキラとプリスキラも、若いアポロの説教に、この愛のメッセージが加わることを心から願ったに違いありません(18:26参照)。
 その後、パウロがエフェソを訪れると、多くの人々が未だヨハネのバプテスマしか知りませんでした。パウロはしばらくここに留まり、熱心に信仰の教育に当たりました(19:10参照)。またこの頃から、パウロはたくさんの手紙を書くようになりました。すべては、愛に成長させるためです。
 「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です(Ⅰコリント3:6)」。こうして信仰の教育が、パウロの新たな祈りとなりました。またこれが、教会の新たな使命となりました。この働きから、学校や幼稚園が作られていきます。すべては、愛に育てるためです。