連名の手紙

聖書: テサロニケの信徒への手紙一 1章 1節~4節

2020年4月19日(日): 復活節第2主日礼拝説教

 パウロは、テサロニケの兄弟姉妹に宛てて、この手紙を書きました。

 「このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです(Ⅰテサロニケ2:13)」。

 テサロニケと言えば、アテネと並んで大変に栄えた町で、扇状の町並みは大きな劇場のようにも見えました。ここは海と陸の要所で、大きな港にたくさんの舟が行き交い、東西南北を結ぶ道にたくさんの人々が行き交いました。また多くのユダヤ人が暮らしていたことから、『バルカンのエルサレム』と言われるほどでした。彼らは、立派な会堂を建てて、一つのコミュニティを形成していたようです。

 パウロが、この町を訪れたのは、西暦50年頃のことで、使徒言行録17章に当時の様子が描かれていました。そこで語ると、「彼らのうちのある者は信じて、パウロとシラスに従った。神をあがめる多くのギリシア人や、かなりの数のおもだった婦人たちも同じように二人に従った(使徒17:4)」。遠くバルカンの地に、キリストの教会が誕生しました。パウロにとって、大きな喜びであったに違いありません。

 ただパウロは、僅か1ヶ月ほどでここを去ることになりました。この町のユダヤ人から大変な妬みを買って、そのことで身の危険を感じた教会の仲間たちが、パウロだけをこの町から逃がすことにしました。パウロは、べレア、アテネと逃れて、コリントに着いたときに、この手紙を書きました。新約聖書に、パウロの手紙は、他にもありますが、例えば、ガラテヤの信徒への手紙には、厳しい叱責の言葉が並び、コリントの信徒への手紙には、激しい論争の言葉が目立ちます。

 その一方で、テサロニケの信徒への手紙には、『もう少し一緒にいたかった』という切なる願いと、『彼らは大丈夫だろうか?』という祈りの言葉が溢れています。だから、「わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです(Ⅰテサロニケ1:2-3)」。

また他の手紙は、パウロ個人から出されたものがほとんどですが、この手紙に限って言えば、3人の連名で出されています。「パウロ、シルワノ、テモテから、父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。恵みと平和が、あなたがたにあるように(Ⅰテサロニケ1:1)」。わたしも独りではありません。いつも3人で祈っています。同じように、あなたがたも独りではありません。いつも誰かに祈られています。連名の手紙に、そのメッセージが込められています。

 かつてパウロが、テサロニケの教会で繰り返し語ったことがあります。「パウロはいつものように、ユダヤ人の集まっているところへ入って行き、三回の安息日にわたって聖書を引用して論じ合い、『メシアは必ず苦しみを受け、死者の中から復活することになっていた』と、また、『このメシアはわたしが伝えているイエスである』と説明し、論証した(使徒17:2-3)」。今こそ思い出してほしい。復活のイエス・キリストが共におられます。あなたがたも決して独りではありません。

 復活の朝、天使のメッセージを思い出します。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか(ルカ24:5-7)」。今こそ思い出してほしい。復活のイエス・キリストが共におられます。わたしたちも決して独りではありません。

 「恵みと平和が、あなたがたにあるように(使徒1:1)」。アーメン。