天地の主

聖書: 使徒言行録 17章 22節~27節

2020年4月5日(日): 受難節第6主日礼拝説教

 アテネは、偶像の町です(17:16参照)。この町の人々は、飼い主のいない羊のように見えました。「それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、手で造った神殿などにはお住みになりません(17:23-24)」。神は無限の存在です。
 「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです(Ⅱコリント4:18)」。わたしたちが頼る神は、永遠の存在です。だから、「あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる(マタイ28:20)」。
 アテネは、哲学の町です。エピクロス派の人々は、神の存在を別次元の遠いものだと考えていました。ストア派の人々は、神の存在を万物に宿るエネルギーだと考えていました。どちらの神も、何の関わりもない、何の心もない存在でした。しかし、「実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません(17:27)」。神は無縁の存在ではありません。
 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである(ヨハネ3:16)」。わたしたちが信じる神は、愛の神です。だから、「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない/死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる(詩編23:1,4)」。アーメン。