義とされる

聖書: 使徒言行録 13章 36節~43節

2020年1月26日(日): 降誕節第5主日礼拝説教

 パウロは、ピシディア州アンティオキアの会堂に入って、人々に向けて励ましの言葉を語りました。「神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び(13:18)」、彼らを約束の地に導き入れてくださいました。わたしたちが、立派だから赦されたのでしょうか。これは、神の忍耐によるものです。「あなたに対する主の愛のゆえに/主は力ある御手をもってあなたたちを導き出し、エジプトの王、ファラオが支配する奴隷の家から救い出されたのである(申命記7:8)」。
 「神は約束に従って、このダビデの子孫から/救い主イエスを送ってくださったのです(13:23)」。わたしたちが、強かったから愛されたのでしょうか。これは、神の約束によるものです。「神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります(Ⅰヨハネ4:10)」。これは、神の愛によるものです。「わたしは、お前たちの時代に一つの事を行う。人が詳しく説明しても、お前たちにはとうてい信じられない事を(13:41)」。
 「この方による罪の赦しが告げ知らされ、また、あなたがたがモーセの律法では義とされえなかったのに、信じる者は皆、この方によって義とされるのです(13:38-39)」。パウロは、ここに一つの真理を悟り得ました。「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました(ローマ5:8)」。「キリストの血によって義とされたのですから/御子の命によって救われるのはなおさらです(ローマ5:9-10)」。