今、初めて

聖書: 使徒言行録 12章 6節~11節

2020年1月5日(日): 降誕節第2主日礼拝、新年礼拝説教

 ヘロデによって捕らわれたペトロのために、教会では熱心な祈りが献げられていました(12:4-5参照)。もはや成す術もなく、ただ祈るほかなかったのかもしれません。しかし、『熱心(ギリシャ語:プロスカルテレオ)』という言葉には、『そこから離れない』という意味があります。祈りとは、真に頼るべきものから離れない、ということです。「わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである(ヨハネ15:5)」。この恵みが、彼らを捉えて離れることはありませんでした。
 真っ暗な夜に、天使が現れてペトロを救い出します。「帯を締め、履物を履きなさい(12:8)」。「上着を着て、ついて来なさい(12:8)」。手取り足取り、まるで幼子のように導いてくださいました。真に頼るべきものに、わたしたちもまた、まるで幼子のように信じて祈ればよいのではないでしょうか。すべては幻のように思われましたが、照らす朝日にハッと我に返りました。「今、初めて本当のことが分かった。主が天使を遣わして/あらゆるもくろみから、わたしを救い出してくださったのだ(12:11)」。
 ただ教会の人々は、あれこれ議論するばかりで、ペトロの無事な帰りをすぐに信じることができませんでした。議論によって開かれる道もありますが、祈りによって開かれる重い扉もあります。「夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない(マルコ4:27)」。神はいつも、わたしたちの祈った以上のことをなさいます。これが祈りの『本当(=アーメン)』にほかなりません。この恵みにあって、新しい一年が、祈りの一年でありますように。