幸いである

聖書: マタイによる福音書 5章 1節~10節

2019年12月29日(日): 降誕節第1主日礼拝立証

 「親族の負担になりたくない。だれにも迷惑をかけずに安心して暮らせる方法を教えてください」。新聞に70才代女性からの投稿が掲載されていました。成年後見制度の利用をお勧めするのですが、どのように進行していくのか、実話を聞きたいとの声が多く寄せられてもいます。
 私が後見人をしていたSさんの日常を通して、高齢者の生き方を考えてみました。一人っ子のSさんは、妻が亡くなり、子どももなく独り暮らしでした。病気のために足を切断することにより、施設入所となり後見制度を利用するに至りました。年金が入金される銀行通帳を預かる時に、「自分が頼りになるのは、この通帳だけだから」と拒否されました。「これからは私が一緒に歩むから」と説得して、任意後見契約に至りました。
「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである(5:3)」。私が好きな聖句です。「幸いである」と断定しているところに、神の恵みがあふれているように思いませんか。
 後見制度の利用で私が支える部分は、社会生活が円滑にできるようにするところだけです。しかし信仰は、すべてのことを導き、生きる力をくださいます。『主に任せよ 汝が身を 主は喜び 助けまさん(旧讃美歌第一編291)』。病気で入院された被後見人と何回も歌った讃美歌です。どんなに困難な時でも、喜んで助けてくださる主を心から賛美したいと思います。(証し:白土みつ子姉)