すべての人の

聖書: 使徒言行録 10章 34節~40節

2019年12月8日(日): 待降節第2主日(アドヴェント)礼拝説教

 「神が/平和を告げ知らせて、イスラエルの子らに送ってくださった御言葉を、あなたがたはご存知でしょう。ヨハネが洗礼を宣べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です。つまり、ナザレのイエスのことです(10:36-38)」。この方こそ、福音の出来事そのものでした。
 この人の接し方は、他と違いました。この出会いに、すべての人が癒されました。この人の見る目は、他と違いました。この眼差しに、すべての人が愛されました。「イエスは/悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのですが、それは、神が御一緒だったからです(10:38)」。
 「人々はイエスを木にかけて殺してしまいましたが、神はこのイエスを三日目に復活させ(10:39-40)」てくださいました。十字架の祈りに、すべての人が赦されました。復活の出来事に、すべての人が救われました。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました(10:34)」。
 「どんな国の人でも/神に受け入れられるのです(10:35)」。これを聞いた多くの異邦人の上にも、聖霊が降されました。「わたしたちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水で洗礼を受けるのを、いったいだれが妨げることができますか(10:47)」。「この方こそ、すべての人の主です(10:36)」。
 すべての人が愛されることを求め、すべての人が共にあることを欲しています。近年、互いの違いばかり目につきますが、そのことにおいて、わたしたちは全く同じです。社会の目がどれほど区別しようとも、時代の目がどれほど差別しようとも、神の尊厳の下に分け隔てなどないからです。