巡り歩いた

聖書: 使徒言行録 8章 1節~8節

2019年10月6日(日): 聖霊降臨節第18主日礼拝、世界宣教・世界聖餐日礼拝説教

 ステファノの説教に、「人々は大声で叫びながら耳を手でふさぎ、ステファノ目がけて一斉に襲いかかり/石を投げ始め(7:57-58)」ました。彼らは、石を投げるために、「自分の着ている物をサウロという若者の足もとに(7:58)」置きました。人の命よりも、自分の服が汚れるのが嫌だったのです。人の思いの何とおぞましいことでしょうか。
 またここに、サウロという若者が登場します。後に、福音の世界宣教において大きな使命を果たしていくことになりますが、ここではまだ、「ステファノの殺害に賛成し(8:1)」、「家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送って(8:3)」いきました。そんなサウロも、ダマスコの途上で、復活のイエス・キリストと出会うことになります。
 ステファノが殉教の死を遂げると、「エルサレムの教会に対して大迫害が起こり、使徒たちのほかは皆、ユダヤとサマリアの地方に散って(8:1)」行きました。特に、ギリシャ語を話すユダヤ人に対する迫害が激しく、多くの人々が都から追い出されてしまいました。よそ者は出て行け。排他思想と人種差別の何と執拗なことでしょうか。
 憎しみの中で、ステファノは、天を仰いで祈りました。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください(7:60)」。この十字架の祈りに、わたしたちの伝えるべき福音があります。「散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた(8:4)」。ここに、世界宣教の第一歩が起こされました。神のご計画の何と不思議なことでしょうか。
 「わたしが命のパンである(ヨハネ6:35)」。命のパンは、かつて五千人の人々に行き渡りましたが、今や世界中の人々に行き渡ろうとしています。わたしたちも、福音の配り手の一人でありたいと願います。