ごまかし

聖書: 使徒言行録 5章 1節~6節

2019年8月11日(日): 聖霊降臨節第10主日礼拝説教

 「ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、妻も承知のうえで、代金をごまかし、その一部を持って来て使徒たちの足もとに置いた(5:1)」。なぜ一部を全部とごまかす必要があったのでしょうか。「売っても、その代金は自分の思いどおりになったのではないか(5:4)」。急に惜しくなってしまったのかもしれません。あるいは、バルナバに対するライバル心があったのかもしれません。そこには、虚栄心や猜疑心を煽るサタンの思いがありました。
 サタンは、愛の共同体の中に穴を開けて入り込んできます。そんな小さな穴から、やがて全体が崩されていきます。「悪魔にすきを与えてはなりません(エフェソ4:27)」。『我らを試みに遭わせず悪より救い出し給え』と祈らずにおれません。何より、「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、聖霊により、贖いの日に対して保証されている(エフェソ4:30)」からです。こんな自分では愛されるはずもない、こんな自分では赦されるはずもないと、神の愛を自らで欺いてはなりません。
 この物語の結末は、大変厳しいものです。しかし、神の愛を欺くことは、それくらい重大なことです。強くなければ愛されない、立派でなければ赦されない、そんなアナニアの思いは、わたしたちの中にも潜んでいます。自らの弱さを自覚しつつ、十字架の痛みにただ謙虚に歩んでいきたい。「聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです(ローマ5:5)」。また戦後74年を迎えて、自らの罪を自覚しつつ、隣人の痛みにただ誠実に歩んでいきたいと願います。主の愛と平和を信じて。