心から祈る

聖書: マルコによる福音書 11章 22節~24節

2019年7月21日(日): 聖霊降臨節第7主日礼拝立証

 私も教員を38年間やってきて今年で39年目になりました。大学1年で洗礼を受けておそらく43年以上経っているのですが、最近になってちょっとわかってきたことがあります。
学校の仕事は、適当に体力を使い、好きなことを教えていられるので楽しみがあるのですが、時々ひどく大変な目にあったり悩んだりすることがあるわけです。4月はじめストレスチェックというのが健康診断であるのですが、4月はじめはほとんどストレスなんかないので「あなたはストレスはありません」という結果が帰ってきます。終業式をむかえ生徒の姿をあまり見なくて済むようになったので今もストレスはありません。
 しかし、これでも人並みに困ったことになると悩むことがあるのです。昨年度の2学期は久しぶりに生徒に会うのにうんざりしていたのですが、その時「なるほど、私は神様に心からお祈りしていたのかな」ということに疑問を持ちました。みなさんはどうでしょうか?心からお祈りしていますでしょうか。
 私は、気がつけばさっさとお祈りをし、本当に心からお祈りしていませんでした。
 私達は自分を守るために、自分のことしか考えていないのではないでしょうか。いわゆる保身です。仏教の煩悩にもありますが、保身、妬み、傲慢この3つの物はすべての人々に存在するものだと思います。
 さて、心から祈るということはどういう事だと思われますか。言葉のとおりなのではありますが、神様は私達の中や近く、いいえ絶えず近くにいます。「絶えず祈れ、すべてのことに感謝せよ」と聖書に書かれていますが、日常の心理や生活、行動に絶えず存在するわけであります。私達とともにいるわけであります。つまり、身勝手な保身のために私達は傲慢になり挙句の果てに罪を犯してしまうのではないでしょうか。(証し:椙田訓好兄)