家を建てる

聖書: 使徒言行録 4章 8節~14節

2019年7月7日(日): 聖霊降臨節第5主日礼拝、創立132周年記念礼拝説教

 ペトロとヨハネは、ユダヤの最高法院に立たされ、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか(4:7)」と、厳しく尋問を受けました。「二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった(4:4)」ことで、ユダヤの当局から危険視されたのだと思います。しかし、ペトロは、聖霊に満たされ大胆に語ります。
 「この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです(4:10)」。一人が救われるということに、大きな喜びがあります。この喜びを語らずにはおれません。『つきぬめぐみは/こころのうちに/いずみとなりて沸きあふる(讃美歌404番)』。
 イエス・キリストこそ、「あなたがた家を建てる者に捨てられたが、隅の親石となった石(4:11)」です。十字架に捨てられた主イエスが、わたしたちの隅の親石となられました。「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです(4:12)」。この上に、信仰の証しが立てられます。
 ペトロの証しに、教会のあるべき姿を思います。「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない(マタイ16:18)」。この上に、教会が建てられます。「主は教会の基となり/仕うる民となしたまえり(讃美歌390)」。宮崎教会は、132周年を迎えました。その初めにも、信仰の証しがありました。変わらず、証しの群れでありたいと願います。