皆一つに

聖書: 使徒言行録 2章 43節~47節

2019年6月9日(日): 聖霊降臨節第1主日礼拝、ペンテコステ礼拝説教

 聖霊によって、使徒たちは、十字架と復活の証し人とされました。「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えないのです(一コリント12:3)」。ここに、聖霊の奇跡があります。「ペトロの言葉を受け入れた人々は洗礼を受け、その日に三千人ほどが仲間に加わった(2:41)」。それはまさに、一つの大きな塊のように見えたかもしれません。
 彼らは、「皆一つになって、すべての物を共有にし、財産や持ち物を売り、おのおのの必要に応じて、皆がそれを分け合った(2:44-45)」。分かち合うところに、真の豊かさがあります。『共有(ギリシャ語:コイノニア)』には、『通い合う』という意味があります。だから、あなたがたは、「喜び人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい(ローマ12:15)」。
 彼らは、「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって(2:46)」、一緒に食事をしました。共にパンを裂いて、十字架の主を思い起こし、復活の主を味わいました。その食卓は、礼拝そのものでした。「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である(ヨハネ4:23)」。
 「主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである(2:47)」。生まれも育ちも、言葉も思想も、みんなバラバラでした。しかし、主は、聖霊によって、一つに(=教会に)してくださったのです。ここに、聖霊の奇跡があります。『さあ、共に生きよう。主は聖霊により、分かたれた民をもひとつとなされる(讃美歌419番)』。ここに、新しい毎日が始まったのです。