仲間の一人

聖書: 使徒言行録 1章 12節~19節

2019年3月24日(日): 受難節第3主日礼拝説教

 「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい(1:4)」。「お言葉ですから、網を降ろしてみましょう(ルカ5:5)」。彼らは、この約束を信じて都に戻って来ました。ただここには、11人の名前しかありません(1:13参照)。彼らは、自分たちの欠けについて考えざるを得ませんでした。「ユダは不正を働いた得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて(1:18)」しまいました。
 またそのことは、「エルサレムに住むすべての人に知れ渡り、その土地は彼らの言葉で『アケルダマ(=血の土地)』(1:19)」と呼ばれていました。彼らにとっても、大きなショックだったに違いありません。しかし、「ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました(1:17)」。自分たちも、ユダと同じ弱さを感じます。自らの弱さを自覚しながら、互いに祈り合わせるほかありません。
 「彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた(1:14)」。加えて、「百二十人ほどの人々が一つになっていた(1:15)。かつて、主イエスのもとに、五千人以上の人々が集まったことを思うと、それは小さな群れに見えたかもしれません。ただこれは、互いに自らの弱さを自覚しながら、神の約束に信じて集まる祈りの群れでした。その群れの何と力強いことでしょうか。
 この群れの中心に、主イエスが共におられるからです。だから、あなたがたは、互いに「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです(Ⅰテサロニケ5:16-18)」。