証人となる

聖書: ルカによる福音書 24章 44節~49節

2019年2月24日(日): 降誕節第9主日礼拝説教

 「あなたがたはこれらのことの証人となる(24:48)」。キリストの十字架と復活の証人です。『証人(ギリシャ語:マルチレス)』には、『殉教者』という意味があります。「人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く(21:12)」。まさに、命がけの証人と言えます。そこで、主イエスは、聖書を悟らせるために、彼らの心の目を開いて言われました。「メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる(24:46-47)」。心の目を開いて、聖書に生きたい。
 『赦し(ギリシャ語:アフェシス)』というのは、その人の身分を保証すること、その人の尊厳を認めることです。また、『悔い改め(ギリシャ語:メタノイア)』には、『立ち帰る』という意味があります。今ほど、互いの尊厳が損なわれた時代もありません。今こそ、キリストの尊厳に立ち帰っていきたい。聖書を開くと、そこには、キリストの愛と赦しが、色鮮やかに示されています。だから、「あなたがたはこれらのことの証人となる。わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい(24:48-49)」。その言葉に留まりたい。
 「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである(24:44)」。だから、「あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる(ヨハネ13:34-35)」。世にあって、愛の証人でありたい。