墓へ走り

聖書: ルカによる福音書 24章 8節~12節

2018年12月30日(日): 降誕節第1主日礼拝説教

 この朝、ペトロは、墓へと走り出しました。ただ、何か確信があったわけではないと思います。何も分からず、思わず走り出したのです。ペトロらしい行動です。またそこで、驚くべき光景を目の当たりにします。「身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかった(24:12)」。ペトロは、この出来事に驚くほかありませんでした。
 この朝、婦人たちは、驚くべき光景を目の当たりにします。二人の天使が現れて、「あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ(24:6)」と告げられたからです。そこで、婦人たちは、そのことを使徒たちに伝えました。しかし、「使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった(24:11)」。『たわ言(ギリシャ語:レーロス)』には、『作り話』という意味があります。彼らは、真剣に取り合おうとはしなかったのです。
 あの夜、野原の羊飼いたちは、驚くべき光景を目の当たりにします。空に天使が現れて、「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった(2:11)」と告げられたからです。そこで、羊飼いたちは、そのことを人々に伝えました。しかし、「聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に(2:18)」思うだけで信じませんでした。救い主が、馬小屋に生まれるなんて、絶対に有り得ないと思い込んでいたからです。
 思い込みで、見えるものも見えなくなります。しかし、「(母)マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた(2:19)」。『心に納める』には、『宝とする』という意味があります。今は分からなくても分かるときが来ます。そのときまで、大切に宝とするのです。墓へと走ったペトロのように、来る新しい一年に何が待っているのか、わたしたちには分かりません。ただ、神の言葉を宝として歩んで行きましょう。