一斉に

聖書: ルカによる福音書 23章 18節~25節

2018年11月18日(日): 降誕前第6主日礼拝説教

 人は集団になると、個々の道徳心が著しく低下すると言われています。自分に対する責任が希薄となり、他者に対して無責任になってしまうからです。その声は、他者に対する差別や偏見と化していきます。「人々は一斉に、『その男を殺せ。バラバを釈放しろ』と叫んだ(23:18)」。『殺せ(ギリシャ語:アイレー)』とは、『排除せよ』という意味になります。この地上から消えてなくなってしまえ、ということです。これほどのヘイトはありません。
 また、人は集団になると、自分たちが強くなったかのように錯覚すると言われています。普段はとても仲の悪い、祭司長と律法学者たちは、主イエスを抹殺するために一致団結しました。「これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる(20:14)」。そんなことをしても、自分たちが主人よりも偉くなるはずもありません。しかし、集団になることで、自分たちが正しいと思い込んでいるのです。
 また、人は集団になると、一種の興奮状態に陥って自制が利かなくなると言われています。どう調べても、「この男には死刑に当たる犯罪は何も見つからなかった(23:22)」。しかし、人々は、「イエスを十字架につけるようにあくまでも大声で要求し続けた(23:23)」。人々は、集団となって責め立てます。ピラトも、「群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した(マルコ15:15)」。大きな声の勝利です。
 世界には、大きな声に満ちています。しかし、大きな声がいつも正しいとは限りません。むしろ、わたしたちは、小さき声に耳を傾けていきたい。「世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている(ヨハネ16:33)」。わたしたちは、十字架の声に耳を傾けていきたい。