命の言葉

聖書: ヨハネによる福音書 6章 34節~40節

2018年11月4日(日): 降誕前第8主日礼拝、聖徒の日・永眠者記念礼拝説教

 この一年で、愛する5名の兄弟姉妹を天にお送りしました。その方々を偲びつつ、主イエスの言葉に聞きたいと思います。
 思い煩いの日々に、恵みの言葉を聞かせてください。「今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる(ルカ12:28)」。また、嵐の中で漕ぎ悩む日々に、力の言葉を聞かせてください。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない(マルコ6:50)」。恵みのうちに、主が共におられることを信じたいと願います。
 重荷を負う日々に、救いの言葉を聞かせてください。「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます(ルカ23:46)」。また、見えるものに捉われがちな日々に、命の言葉を聞かせてください。「二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった(ルカ24:31)」。見えなくなって、初めて分かることもあります。そのことに信じたいと願います。
 『ひとりひとりのなをよんで、あいしてくださるイェスさま、どんなにちいさなわたしでも、おぼえてくださるイェスさま(幼児さんびか)』。愛する兄弟姉妹は、天にあって愛の温もりの中に、共に招かれています。「わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない(6:37)」。それは、新しい命に復活させるためです。
 わたしたちも、この命の言葉に、共に生かされています。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない(6:35)」。日々、口にするものが、わたしたちの身となり、命となります。わたしたちも、この命の言葉を、噛み締めながら歩みたいと願います。