知らない

聖書: ルカによる福音書 22章 54節~62節

2018年10月7日(日): 聖霊降臨節第21主日礼拝、世界宣教・世界聖餐日礼拝説教

 主イエスは、大祭司の屋敷に引かれていきました。「ペトロは遠く離れて従った(22:54)」。微妙な距離感に、内なる葛藤を思います。そんなペトロに、ある女中が気づきます。「この人も(イエスと)一緒にいました(22:56)」。ペトロは、それを打ち消して、「わたしはあの人を知らない(22:57)」と答えてしまいます。こうなると、人の視線が気になって仕方がありません。人の目を気にするのが、ペトロの弱いところです。
 それから続けて、「いや、そうではない(22:58)」、「あなたの言うことは分からない(22:60)」と否定してしまいました。恐怖と緊張で、自分を見失ってしまったのかもしれません。そこで、「突然鶏が鳴いた(22:60)」。すると、パッと目の前に、主イエスの眼差しが思い浮かんできました。「主は振り向いてペトロを見つめられた(22:61)」。ここに、主イエスの『アイコンタクト』を感じます。それだけで、十分に伝わってくるものがありました。
 そこで、ぺトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう(22:61)」と言われた、主イエスの言葉を思い出しました。わたしの弱さを、主は知り給うと。「そして外に出て、激しく泣いた(22:62)」。これは、安心の涙です。安心がなければ、ここまで泣けません。わたしたちも安心して、この眼差しの中を歩んでいきます。「だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい(22:32)」。
 眼差しを広げると、世界には、わたしたちの知るべきこと、また祈るべきことが、まだまだたくさんあります。特に、コンゴの兄弟姉妹は、国や企業の不正を訴えて戦っています。また、コンゴの医師たちは、紛争や性暴力を訴えて戦っています。その中で、信仰と礼拝を守っています。世界宣教・世界聖餐日礼拝を覚えて、主にあって共に祈りましょう。