闇が力を

聖書: ルカによる福音書 22章 47節~53節

2018年9月23日(日): 聖霊降臨節第19主日礼拝説教

 夜の闇に、群集が取り囲むように現れました。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのか(22:52)」。主イエスに対する妬みの大きさを感じます。妬みとは、他者に対する憎しみと、自分に対する不安を助長させるものです。「お前はそれを支配せねばならない(創4:7)」。その思いは、やがて身近な人に対する暴力に変わっていきます。それは、わたしたちの身近で今も起こっていることです。
 夜の闇に、ユダが先頭に立って現れました。「あなたは接吻で人の子を裏切るのか(22:48)」。主イエスに対する猜疑心の大きさを感じます。猜疑心とは、他者に対する疑いと、自分に対する思い込みを助長させるものです。「わたしは毎日、神殿の境内で一緒にいたのに(22:53)」。その思いは、やがて身近な人に対する不信に変わっていきます。それは、わたしたちの身近で今も起こっていることです。
 こうして、「今はあなたたちの時で、闇が力を振るっている(22:53)」。ほかの弟子たちは、そんな闇の力を剣で解決しようとしました。「主よ、剣で切りつけましょうか(22:49)」と言って、手下の一人を切りつけました。しかし、主イエスは、「やめなさい。もうそれでよい(22:51)」と言われ、その傷を癒されました。愛すること、祈ることを望まれました。暴力に暴力では、負の連鎖を断ち切ることはできません。
 愛されてここに生きる実感と、祈られてここにいる安心が、負の連鎖を断ち切っていくのだと信じます。