剣のない者は

聖書: ルカによる福音書 22章 35節~38節

2018年9月9日(日): 聖霊降臨節第17主日礼拝説教

 「剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい(22:36)」。「剣なら、このとおりここに二振りあります(22:38)」。しかし、その剣は、敵の右耳を切り落としただけで何の役にも立ちませんでした(22:50参照)。弟子たちは、多くの敵を前にして逃げ去っていきました。さらに多くの剣があれば、もっと戦うことができたのでしょうか。さらに強力な武器があれば、もっと世界は平和になるのでしょうか。
 ある人は、「それでよい(22:38)」という言葉を、『それでよいのか』と訳しました。この訳が一番しっくりきます。ペトロは、剣を振りかざしながら、「御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております(22:33)」と語気を強めました。また、世界には、1万5千発もの核爆弾があります。本当にそれでよいのでしょうか。そのことを、今更ながら問われているように思えてなりません。
 そこで、主イエスは、二つのことを語られました。「財布も袋も履物も持たせずにあなたがたを遣わしたとき、何か不足したものがあったか(22:35)」。弟子たちは、多くの人々に支えられてきました。その人々への感謝を忘れてはなりません。「その人は犯罪人の一人に数えられた(22:37)」。弟子たちは、十字架の血に赦されました。その愛に委ねる信仰を失ってはなりません。「わたしにかかわることは実現するからである(22:37)」。
 「剣を取る者は皆、剣で滅びる(マタイ26:52)」。だから、剣のない者は、「霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい(エフェソ6:17)」。わたしたちは、感謝と信仰の言葉をもって、平和へと共に進んでいきたいと願います。