記念として

聖書: ルカによる福音書 22章 14節~20節

2018年8月19日(日): 聖霊降臨節第14主日礼拝説教

 「時刻になったので、イエスは食事の席に着かれたが、使徒たちも一緒だった(22:14)」。この夜、ユダヤの家庭では、大切な過越の食卓を囲みました。特に、弟子たちにとっては、主イエスとの最後の晩餐になりました(22:16,18参照)。「苦しみ(=十字架)を受ける前に、あなたがたと共にこの過越の食事をしたいと、わたしは切に願っていた(22:15)」。
 過越の食卓では、神に命じられた通り、酵母を入れないペチャンコのタネナシパンを食べます。これは、神の言葉に対する信頼の証しそのものです。だから、「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体(=わたしの言葉)である。わたしの記念としてこのように行いなさい(22:19)」。わたしたちも記念して、十字架の言葉に本気で信じたいと願います。
 また、過越の食卓では、小羊を屠って食べます。人々は、小羊の犠牲によって、恐ろしい災いから逃れることができました。その血によって、今を生かされ、今を赦されています。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である(22:20)」。十字架が迫っていました。わたしたちも記念して、十字架の贖いを味わい知りたいと願います。
 十字架のときが迫っていました。この食卓は、弟子たちにとって、主イエスとの『最後の晩餐』となりましたが、ただそれ以上に、十字架の主イエスを記念する『最初の礼拝』ともなりました。わたしたちも、この食卓に招かれています。「これを取り、互いに回して飲みなさい(22:17)」。ここに、十字架の主イエスを記念したいと願います。