乏しい中から

聖書: ルカによる福音書 21章 1節~6節

2018年6月3日(日): 聖霊降臨節第3主日礼拝説教

 主イエスの時代の神殿は、ヘロデが建てた豪華な神殿でした。「なんとすばらしい石、なんとすばらしい建物でしょう(マルコ13:1)」と驚くほどの神殿です。しかし、「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る(21:6)」。その神殿は、ローマ軍によって破壊されます。その見事な石の何と儚いことでしょうか。それは、見栄えだけの神殿でした。
 かつて、乏しい中から立てられた神殿がありました。人々は、捕囚地バビロンから、故郷エルサレムに帰ってきました。そして、乏しい中から、神殿を再建しました。それは、ソロモンの神殿に比べると、小さな神殿でした。そのことを嘆く人々もいましたが、祭司エズラは、「今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である(ネヘミヤ8:10)」と告げました。
 わたしたちの力の源は、神殿の大きさや立派さにあらず、ただ神を称える喜びと感謝の群れでありたい。しかし、時が流れ、その神殿は、ヘロデの目に小さく見えましたし、彼女の献げたレプトン銅貨も、人々の目にわずかに見えました。ただ、「この人は、乏しい中から持っている生活費を全部入れたからである(21:4)」。主イエスも、わたしたちを赦すために、十字架にすべてを献げてくださいました。この豊かさの中で、今日の礼拝が守られています。
 だから、わたしたちも、乏しい中から、喜んで祈り、感謝して歌うことができます。この豊かさの中で用いられるのであれば、ただ隣人を思う祈りと愛の群れでありたい。新しい今日を礼拝の喜びに、新しい一週を礼拝の恵みに生かしてください。